インド文化協会

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buddhaインドは紀元前4,000年前に遡る古代、インダス河流域に発祥したヴェーダの教えで、自然の恵みに感謝し生かされる因縁を尊び、自己と社会の規範を尊守しようとした「人々の生き方、道しるべ」を創立した「ヴェーダ聖典」を心の根源としています。「ヒンズー」とは、広義には「バラモン教、仏教、ジャイナ教」などを含めたインド全体の社会思想体系をいいます。

宗教上でいう「ヒンズー教」の土壌から、紀元前543年頃、釈迦が出現され、従来のヴェーダ聖典を「拝捨止揚」(善きところを生かし、排すべきところは除いて)「仏教」という教説を確立されました。
「仏教」が、スリランカ、ミャンマー、タイなどの東南アジア諸国に伝来し、繁栄した流れを「根本仏教」又は「小乗仏教」といいます。
また、三蔵法師玄奘ら中国僧の努力によって、チベット、中国、朝鮮半島、そして日本に伝えられた仏教を「大乗仏教」と呼称しています。

この「仏教」がアジアの人に与えた影響は極めて大きく、殊に日本における文明と文化の開花は、仏教なくしては有り得なかったといえましょう。
和国の教主・聖徳太子が、わが国で初めて制定された「十七条憲法」に、「和を以て貴しと為す」と、慈悲心を国づくりの基本とされたのも、インドのアヒンサー「絶対平和主義」のあらわれでしょう。
古来から日本は、大自然と先覚先祖の御霊を「神」と拝み、祖霊を「墳墓」に祀って、感謝報恩の際祀を施行する「惟神」の国です。その「神道」と「仏教」が習合して、日本独特の「宗教体系」が形成されました。
民間信仰のなかには、インドから渡来した大黒天(マハーカーラー)、毘沙門天(バイジマラバナ)、弁財天(サーラスヴィアティー)、金毘羅(クンピーウ)など多くの神々もあります。
宗教、文化の上での、インドとの関係は歴史的に深いのです。さらに近世において、第二次世界大戦で日本が米・英・仏などの連国に敗れ、東京裁判で当時の指導者が裁かれたとき「日本は無罪だ」と世界に訴え。アジアの白色人種の植民地からの解放と独立に、日本の寄与を認め、「恨みに恨みを以て報いるは、いたずらに争いを繰り返すのみ」と、釈迦の慈悲心を説いてくれたのは、あの悲惨な東京裁判のなかでただ一カ国、「インド代表のパール判事」のみでした。

空襲で焼け野が原となった東京の上野動物園に、いちはやくインドのネール首相が、像の「花子」を贈ってくださったとき、戦火にうちひしがれた東京に、長く絶えていた「笑顔」がよみがえったことも忘れ得ません。

この、インドと私たち日本人が、ミャンマー、スリランカ、ブータン、チベット、モンゴル等のアジア諸国との連携を深めながらヒマラヤの平和の思潮に溯って想いを寄せ、新しい交流を通じて一層の親交を深め、宗教文化経済すべての面にわたって「切磋琢磨」し、両国の繁栄と平和と幸福に貢献させていただくことを「インド文化協会」の目的といたします。

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設立 昭和56年(1981年)3月 当初「ヒマラヤ文化協会」と称す
初代役員 日本側
名誉総裁 梨本徳彦(元皇族)
名誉会長 鷲見東觀(愛知教育大学名誉教授)
会長 内田信也(繹大円)(ナンギュルニンマバ大学客員教授、シルダッタ大学客員教授、浄土真宗大光寺第17世)インド側
名誉総裁 P.K.トングン(都市開発・水資源大臣)
会長 ラマ・ロブザング(大統領府特別補佐官)
副会長 故 内田信也(釈大円)
名称変更 平成8年(1996年)2月「インド文化協会」となる
役員変更

インド側
名誉会長 アタリ・ビハリ・バジパイ閣下(元インド首相)
会長   サティヤ・ブーシャンバルマ博士(国立ネール大学学長)      (平成八年の外国人叙勲勲四等旭日小綬叙勲者)
顧問会長 B.Kモッディー博士(モッディー財団総裁)
顧問   ジョージ・フェルナンデス閣下(元鉄道大臣)
シャディッシュ・タイトラ閣下(運輸・石炭大臣)
ニッタ・タパール女史(タパール財団総裁夫人)
タン・タン・ヌー女史(元ビルマ首相ウーヌー氏令嬢)他


平成17年(2005)役員変更
インド側
会長 アシヨク.K.チャウラ教授(科学技術情報省局長・立命館アジア太平洋大学客員教授)
日本側
会長 故 内田信也(釈大円)(ナンギュルニンマパ大学客員教授、シルダッタ大学客員教授)インド政府公認 財団法人インド日本伝統文化振興財団日本代表

主な事業

1. 平成元年5月(1989年)アジア国際平和会議を主催(於  東京)19ヵ国の首相・外相経験者、ダライ・ラマ法王政庁総理大臣他主要閣僚およびアメリカの俳優リチャード・ギアを含む約100名の外国代表団出席 

2. 平成元年より毎年インド国立デリー大学へ留学生を派遣現在8名が在学中   *ダライ・ラマ法王猊下に謁見(数回)

3. 平成元年より毎年インドに於いて日・印研修会を主催 開催20回毎回インド政、宗、財、学会200名程度出席

4. 平成2、3、4、5年インド各地(特にデラドン・チベット離民センター3000戸)に、給水施設を建設

5、平成3年(1991年)インドより技術研究生16名を招待インド北部山岳地帯の地震被害援助

6. 平成5年(1993年)インド、ビハール州にマラリア救援事業を催す

7. 平成7年インド、ラダックに縫製工場を建設

8. 平成7年(1995年)インドより技術研修生6名を招待

9. 平成7年(1995)日本の華道、フラワーアレンジメントをインドに紹介日本の華道指導者による講習会や、デモンストレーションを主催 *サイババ聖者に謁見(数回)

10.平成7年(1995年)ダライ・ラマ法王生誕60周年記念に出席

11. 平成8年7月インド於いて、国際芸術家協会所属の芸術家出展による、日本芸術展開催

12. 平成8年11月(1996年)「アジア宗教者連帯会議」(仏教、神道、ヒン ドー教の出会い)をインド最高の宗、政、学財各界代表地、10ヵ国の代表を招いて、京都龍谷大学に於いて開催

13. 平成9年2月(1997年)インド・ニューデリー市に「インド文化学院」を設立「三ヵ月短期留学生及び「ア−ユルヴェーダエステ資格取得留学生(7日間コース)」を派遣

14. 平成13年9月(2001年)インド、ニューデリーにて、ユネスコ主催バーミヤン復興会議日本代表

15. 平成13年4月(2001年)サ−ルナートにて、マハボデーソサイテイー世界宗教者代表会議

16. 平成14年6月(2002年)国連主催 世界精神指導者会議日本代表

17. 平成14年9月(2002年)インド政府内閣官房長、令夫人マドウジエーン  画伯画展(於インド大使館)5日間

18. 平成15年12月(2003年)大マンダラ展、於モツデーシヤキツト(70m四方)

19. 平成16年2月(2004年)インド政府大統領、ダライラマ出席ブツダカヤ世界遺産祝賀会招待 日本代表

20. 平成17年4月(2005年)  輪島塗展示会(於インド大使館)

21. 平成17年8月(2005年)インド政府招待独立記念祝賀会(於ニューデリー尚インド日本国交回復50周年では、国際交流基金の支援を受けて喜納昌吉とチャンプルーズを併ってインドで祝賀大会を開催した

22. 平成18年4月(2006年)釈尊生誕2550年祝賀会日本代表(250名)於ニューデリービグヤンバワンホール

23. 平成18年5月(2006年) カルマナート大統領閣下招待について   ナーランダ大学復興協議(3回連続)

24. 平成19年2月(2007年) アラハバードに於ける世界ヒンド−大会(30万人)に日本代表として招待される

25. 平成20年3月(2008年)駐インド日本大使館主催にて池の坊生ヶ花展を、デリー大学等で開催する、 日本代表団はホームスティー以後連続して開催、ネール大学アニタ博士は内田恵美子の花教室で学びインドの花教室を開始、日本大使館主催で 「インド人による生ヶ花展」をデリーで開催

26. 平成20年5月(2008年)インド政府から、2頭の象を沖縄動物園に寄贈、(ジョージ・フエルナンデス国防大臣と M.M.ジョーシー文部科学大臣のご協力による)

27. 平成21年3月(2009年)インド、ダラムサラにて、ダライラマ法王カルマパ法王共催の会に日本代表として招待される。

28. 平成22年1月(2010年)インド、グラジヤード州政府の招きで世界宗教指導者大会に、ダライラマ法王、モツデー総裁と共に出席

29. 平成22年3月(2010年)インド側要人と共に、インド政府公認インド日本伝統文化振興財団法人を設立し、第一回の会合として東京で、アーユルヴエーダー研修、ヨガ検定の大会を開催

 

30. 2012年10月31日〜11月7日    日本のいけばな伝授と仏様への感謝の旅 前会長内田大円氏の遺骨をガンジス川へ流す慰霊祭

 

現役員(調整中)

日本側会長  内田惠美子

インド側会長  アショクチャウラ教授

文化部     アニタカンナ教授    ディパリシャーマ

インド会長 アショク・K・チャウラ氏経歴
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2012年11月  日印親善「日本の生け花伝授と仏様への感謝の旅」写真8-Joshi